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貴船便り、もしくはいささか日録 |
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更新日:2005/11/12 |
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■取り急ぎのご挨拶
(2003/5/2) ■疾風怒濤というわけでもなく
(2003/5/4)
■虎杖を求めて、
というほどたいそうでもなく
(2003/5/6)
■威風堂々消防団、もしくは
お茶会の恥をしのんで
(2003/5/9)
■腰痛持ちの愛宕詣
(2003/5/13)
■酒三献をとうに過ぎ・・・
(2003/5/20)
■人はSARSのみを運ぶにあらず
(2003/5/22)
■杖なくともありぬべき顔を
(2003/5/31)
■それでも夕立三日・・・
(2003/6/8)
■富士には月見草が・・・
(2003/6/14)
■奢れる人も久しからず?
(2003/6/25)
■藤の花伝説?
(2003/7/21)
■「ノルウェイの森」異聞?
(2003/7/26)
■夏の終わり?
(2003/9/23)
■シンガーススリーはどこに?
(2003/10/7)
■川床始末記もしくはFラーメン賛歌
(2003/10/10)
■光ファイバーは来たけれど
(2003/12/31)
■泣いてくれるな、ほろほろ鳥よ
(2004/3/9)
■いつまで待っても来ぬ人と
(2004/4/10)
■もの思えば沢の蛍も・・・
(2004/7/2)
■続・もの思えば沢の蛍も・・・
(2004/7/2)
■仮殿遷座祭随見記
(2004/7/13)
■神無月、大神様を追いかけて・・・
(2005/10/22)
■もみじ灯籠残日録
(2005/11/12)
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もみじ灯籠残日録 |
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そろそろ貴船の紅葉も見頃になってまいりました。
今年は欅など、早く枯れているような風情で、紅葉はどうなるのか、心配しておりましたが、なんとか色づいてきたようです。
貴船もみじ灯籠ということでお騒がせしておりますが、このイベントも3年目を迎え、少し落ち着いてきたようにも思えます。まぁ、昨今京都ではどこもかしこもライトアップ流行で少し二番煎じのきらいがなきにしもあらずではありますが、聞くところによると貴船のように谷間自体を照らすのはまた違った風情であるらしく、何卒よろしくお願い申し上げる次第であります。
そうは申しましても別段当方、これといって特別ご用意できるものもなく、 通り過ぎるお人をただひたすらお見送りする?毎日ではありますが、そこは村の人々の気概に応えるべく、とりあえずお祭りなのだという認識の元、今年から週末お天気のよい日には店前に床几を出し、栃餅をあぶり餅にし、ご提供させていただいております。今宮さんのあぶり餅をヒントに、鳥居前はやっぱあぶり餅やけんね、でも貴船だし、そこは栃餅やけんね、なかなかお声をかけるのはツラアイけんね、といったケンネ、ケンネ状態で、炭をおこし床几に腰掛け、むさ苦しい男がテキ屋のオニイサン方とたいして変わらぬ風情で不器用に慣れぬ仕事を始めております。怪しい目つきのマンウォッチングなら少々得意とするところではありますが、お商売のお声がけとなるとこれは難問中の難問であります。一杯飲んでやるわけにもいかず、声をかけようとするともうすでに通り過ぎていかれ、ひたすら沈んでしまうわけであります。しかも、当方の腰掛け付近は逆光と申しますか、極端に暗いため、いわば街角でロウソクの明かりを頼りにひたすら正座する占い師の風情のようでもあり、世間一般にはその手の雰囲気は無気味に決まっているわけであります。うーむ。
始める頃にはいさんでやり始めますが、そのうち、だんだん気分は下降線をたどり、何が灯籠だ!、何がライトアップだ!、何だこの人の多さは!、何だ何だとりあえず金返せ?という、何だ何だ無段活用もうなんでもかんでも人のせい状態になってまいります。そしてそのうちさらにさらに下降線をたどりマッチ売りの少女的哀願・静寂・うつろ目線になり、もうやっぱ何が何でもこの世はヨブ記状態?に落ち着いてまいります・・・。どこかの大臣にこの心象スケッチ?を見せてやりたい。もうこうなったら竹中平蔵でも長谷川平蔵?でもやってこおい!・・・まぁ、つくづくかように?お商売はむずかしいわけであります。
が、それでもお声をかけていただくととたんに世界は一変し、妻(こういう場合やっぱ小生に似合いませんが「妻」ということになるとおもう)と二人おもわずみつめあい、これ以上ない優しい父?になり、偉大なる「生活」に触れるような気がしてまいります・・・。
懐かしい黒田三郎の「小さなユリと」を思い出したりいたします・・・。
・・・・・
それから
やがて
しずかで 美しい時間がやってくる
おやじは素直にやさしくなる
小さなユリも 素直にやさしくなる
食卓に向かい合って ふたりすわる
本年、貴船もみじ灯籠、11月23日まで。
「貴船便り」を見たとお声かけていただければあぶり栃餅、謹んで1本?サービスさせていただきます、ハイ。
(2005/11/12)
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神無月、大神様を追いかけて・・・ |
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随分ご無沙汰しております。
いまさら遅きにきっしたきらいもありますが、本年川床ご利用誠にありがとうございました。
本秋にはもみじ灯籠へ向けて、秋特別懐石、また俳歌膳・初時雨(仮称)を現在企画中です。何卒よろしくお願い申し上げます。
現状、のんべんだらりんの毎日ではございますが、毎年、この期間を見計らって貴船若中 、全国の御分社さんをお詣り(旅行)させていただいております。貴船神社の御分社は全国各地にあり、旅行が先か、お詣りが先か、これは毎年たぶんに難問になるところではありますが、行く先をお宮へ伝えるとご親切に神官さん様はすぐさま近辺のそれらしき御分社?を見つけてくださります。御分社は小さな祠であるときもありますし、本社の氏子の数倍?のお人数でお守りされていて篤くお出迎えされ恐縮を通り過ぎるご歓待を受けることもままあります。誠に申し訳ないと申しますか、お騒がせ致しております。若中頭(ワカチュウカシラ)になりかわり?、厚く御礼申し上げます。
若中というのはまぁ、村の青年会と申しますか、構成的には青年会?とはいえ、年齢的には昨今、まぁ無視というか、もういくつであっても何が何でも若中なのだ、とりあえず文句あっか!的状況で、とくに理屈づければお祭り、御神輿をめぐる保存会のようなモノです。昔の若者宿の名残かもしれません。この「若中(ワカチュウ)」で宿を取るのも結構大変で、この団体名(貴船若中)を宿のお方に告げると、たいてい、どこかそのスジの危ないオニイサン方の団体なのではないかと尻込みをされます。小生もすでに旅行幹事役を離れて久しくなりますが、昔はそこそこその緊張感を味わったモノです。現在の幹事さんご苦労様です。
で、今年は、この欄でお伝えできませんでしたが、正遷座祭も無事終了し、御本殿も新しくなり、その際お世話になり、また例年の例祭でも多大なるお世話をいただいている島根の貴船神社(加茂町、安木町)をお詣りしようということで、若中、出雲へ出かけました。
出雲、出雲大社、大国主命、神の国。
何がめでたいのか、とにかくとりあえず酒なのだ的これぞ正しい日本の旅行を地で行く若中旅烏?ではありますが、ありがたいことに、この無礼な宴会に加茂町のM宮司様も忙しい中ご参加くださり、長い夜になりました。いわく、天皇はどこから来たか、巨大出雲大社は存在したか、荒神谷遺跡と大国主命の子タケミナカタの関係は?文句あるなら諏訪の御柱もってこぉい???!
翌朝にはいささか高尚な話題?のため夜通しの酒浸しになり、すっかり禊ぎ?もすんだ我々は出雲大社を連日お付き合いいただいたM宮司様と参拝し、 そうだ、よく考えれば、考えなくても神無月、大神様もこちらに出張?されている・・・。
ということで、出雲の神様はいわれますとおり、そっぽを向いて?、われわれ酒飲みに相対峙されていたのかもしれません・・・。わが大神様は呼んでもおらぬ氏子に追いかけられ肩身の狭い思いで知らぬ顔をされていたかもしれません・・・。
(2005/10/22)
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仮殿遷座祭随見記 |
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本年は昨年とすっかり空模様も変わり、本日、梅雨明けとなったようであります。どうも近頃の天気、嘘くさい面もありそうですっかりネガティブ志向になっておりますが、お天気あっての川床。何卒、よろしく申し上げる次第であります。
さて、昨夜、神社で本殿建て替え工事に伴う、大神様の仮殿遷座祭が挙行され、小生、上下装束で御弓の係を仰せつかり、参加させていただいた次第であります。
午後7時30分過ぎ、日が落ちるのを待って遷座祭は始まりました。 まずは取り壊される本殿からの大神様のお出ましであります。毎年、御神輿巡航の時はこの儀式が行われると思う?わけですが、なんだかすっかり様相が違うような感じがしてまいります。そのうち、歌会始でおなじみ?であります、姓と名の間に「の」をつけられて呼び出しがあり、小生の順番が来て、深々と御弓を預かったわけであ
ります。 この呼び出しの時には「ハイ」などという世俗の返事ではなく、「オォ〜」と語尾をいささか長くし、神々しい?返事で答えるように指示されておりました。こうして20名、もしくは2
0品?ほどをめぐり、「オォ〜」が松明と灯明の明かりをたよりに飛び交い、厳粛さがいよいよましてまいります。この「オォ〜」の返事を例えば家族の中でやれば、昨今の壊れつつある家族も少々ましな雰囲気になるのではないかとふと思ったりいたします・・・(んなわけないか?)。
それから宮司様を先頭に神官様たちが仮殿まで大神様をお導きされ、仮殿では先ほどの逆過程でふたたび「オォ〜」でやり取りが始まり、つつがなくお祭りは終了いたしました。
やっぱこの神式と申しますか、神道と申しますか、これはこれで仏教でもなく、キリスト教でもなく、イスラム教でもなく、まさしく独自の日本なのだ、という気分になってきますので不思議なモンです。宮司様がいつぞやの新年祭で述べられておりましたが、天皇様は日本の神社のどの宮司様よりお祭り儀式のお仕事が多いお方だそうであります。
「草の根までの天皇制」などと昔どなたかがおっしゃってましたが、この奇妙な厳粛さはそれぞれのお立場は別にしてもやっぱ納得されるところであります。
ところでお納めの儀のときに神妙な面持ちで権殿を取り囲んでおりますと、ムササビが一匹木から落ちてまいりました。たぶん、松明の煙にいぶされた?のだとおもわれます。ムササビにしてみれば、ちょうど起床?の時刻。寝ぼけまなこの所をやられた感じであります。それから頭の上の雨天用に作ってあるビニールの屋根にポツリポツリと音がして雨かと思いましたら、なんとムササビ君のフンであります。ざけた野郎でありますが、なんだがディズニー映画のような和やかな気分にもなったのでありました・・・。
大神様もあらためて山にお帰りになり、ニヤっと微笑まれたような気がいたします・・・。
(2004/7/13) |
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続・もの思えば沢の蛍も・・・ |
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いきなり連続で恐縮ですが、本日、夕刻、でかけることがあり、10時過ぎ電車で帰ったのですが、少し飲んでましたので、酔い覚ましに蛍狩り?でもといった気分で貴船口から歩いてみました。
貴船の谷をこの時刻、一人で歩くのははっきりいって少々無気味であります。なんせ街灯?というか、それめいた蛍光灯の明かりが頼りにもならないくらい忘れられたようにぽつんぽつんと立っているだけであります。次の明かりにたどり着いた頃にはまったく別世界に踏み込んでいるのではないかと不安になってくるほどです。
それでも、蛍岩あたりからこの時刻でもだんだん蛍の明かりが目立ってまいりました。この時刻でも蛍は活発のようで立ち止まって見ていますと目がくらやんでまいります。
で、思ったのですが、和泉式部は蛍を見て歌を詠んだのですから、間違いなく日が落ちた時刻、ここらを歩いていたわけであります(牛車かもしれんが・・・)。
これはしみじみつらつら考えてみるにちょっと恐ろしい気分になってきたわけであります。今平成の世でも、午後10時過ぎ歩いてひとりの蛍狩り?は蛍以前に心細いわけであります。当時であればお家まで帰るのも大変でしょうし、どこかで泊まったのでしょうか。うーん。
オススメスポットなどといっておりますが、ご家族で、あるいはカップルで車でやって来て、いい夜だったよなぁ、思わずドーシン?だよなぁ、心洗われる?よなぁ、明日はきっといいことあるよなぁ、といった風情では断じてなぁい。ような気がする・・・。
つまり蛍における「あくがれ」はやっぱ俗ではなく、まさしく「わが身よりあくがれ」の何者でもないような気がして少々寒々しい気分になったのであります。
そう思いだすと前登志夫さんの
「暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か」
が、妙にしっとり気分に合い、この夜中の蛍の乱舞がまさしくわが身に「まつはれる」ような気がして、最終、「われはいかなる河か」、答えて曰く「ドブ川だ」という悲しい結論になった次第であります・・・。
やっぱり蛍狩りはできれば日が落ちてすぐ、二人以上での御見学を強く強くオススメいたしますです。ハイ。 (2004/7/2) |
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もの思えば沢の蛍も・・・ |
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すっかりご無沙汰しております。
本年川床、始まっております。何卒よろしくお願い申し上げる次第です。
手持ちぶさたの有様と身過ぎ世過ぎで現状なかなか便りの更新に首も回らず?手も回らずというのが実際の所であります。どういうわけか、この欄のアクセスが以前に増してあるようで、cgiに異変がきたしているのか、それともどこかのちゃんねる?で揶揄されているのか、まぁ、そういう意味では波乱に満ちた夏の始まりかもしれません。
さて、今年の蛍はどういうわけか?鮮やかであります。時期的には今年は20日あたりに小生飛んでいるのを確認し、それは別段平年?並みかと思われますが、それからあれよあれよとまたたくまに乱舞の風情になってまいりました。
時間は午後8時過ぎより、場所はべにやさんから下、蛍岩くらいまでどなたでもおわかりになるかと思います。
蛍といえばなんといっても和泉式部、「もの思えば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」が有名であります。蛍岩にもこの歌が神社の宮司様の書で立てられております。岩波の現代短歌辞典で「蛍」を見てみますとまっさきにこの歌が出てまいります。この「あくがれ」とは河野裕子の解説によれば「魂が肉体から離れること」らしいです。まぁ、古来より蛍の形容としてはこのイメージが母胎であるらしく、その意味では言葉は難しいですが、お叱りを覚悟でいえば今となっては「あくがれ」は俗?な形容であるのかもしれません。
ついでに「蛍」の項を読んでみますと前登志夫さんの
「暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か」
が掲載されておりました。この「まつはれる」というのが前さんらしいところでしょうが、小生、この吉野の隠者、前さんの講演をその昔、聞いたことがあります。(まだご存命なのでしょうか?)確か「桜」をテーマにした講演だったと思いますが、何一つ覚えておりません。失礼ながら講演が始まって10分ぐらいで「あくがれ出づる魂」のごとく、心地よい眠りの中に入っておりました。こういう歌を歌われる方だと知っておれば、「あくがれ」と必死に戦ったかもしれずと少し残念な懐かしい気分になっております・・・。
ところで本年7月7日、水祭りを境に神社本殿の建て替え工事が始まります。
今の社殿は旧社殿ということになり、今年で見納めということになるわけです。
ご神体も来年まであくがれおわします?。(この使い方でいいんだろうか?)
メモリアルのあるお方には謹んでお伝え致します。
それでは本年、川床、謹んでお願い申し上げる次第でございます。
何卒よろしくお願い申し上げます。 (2004/7/2)
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さくら、さくら、いつまでも待っても来ぬ人と・・・ |
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いよいよ春爛漫になってまいりました。まだ山花には少し早いですがぼつぼつ新芽も吹き出しまして、ちょうど桜の季節であります。
今年京都市内の桜はいっせいの模様で、しかも長く持ったみたいです。小生、別段どこへ行ったわけでもありませんが、たまたま通った八瀬の桜は鮮やかでありました。谷々に点在している雰囲気が特に新鮮に映りました。貴船の桜もソメイヨシノはずいぶん弱っておりますが、山桜はそれなりに元気であるように思われます。
ところで我が村のTさんというひとは、しみじみ「ワシは桜の季節が嫌いだ・・・」と語っておられたことがあります。この季節になりますとTさんの言葉が必ず思い浮かびます。別段、遠い日の戦争を思い出されるわけでもなく?、みずからのほろ苦い青春に思いをはせ、つまりは花の都での学生生活の挫折、都落ち後のふるさとでの肉体労働の日々、そして翌年の同志社受験、まさに世は春爛漫を謳歌するときのみ、よみがえる苦節の青春。いつでも背景にあった桜。これ、Tさんが遠い目線で語りはじめると、とりあえずもう春はしみじみ、やるせないのだ、といった感じです。
やっぱ、若者は「桜の木の下には死体が埋まっている・・・」とうそぶかねばならないのかもしれません。 美意識と死に思い煩うことなく、青春を語るなかれであります。
しかし、ここから先は宿の亭主が語るには少々重すぎます。
そういえば我が村の名物男のJ会長が、自身のお店の桜並木?に床几をしつらえ、「お花見できます」と看板をお建てになったことがありました。市内の陽気はとっくに終わっております。誰も来るわけがありません。訪ねていくと奥様とお二人で仲睦まじく、お酒を酌み交わし、すでにうつろになった目つきで、いつまで待っても来ぬお客様をお待ちになっておりました・・・。現れた小生は死んだ人と同じになってしまうのかな・・・。
しかし、あの桜の木の下にはどうも死体は埋まっていないよう気が致しますです。
海にあるのは波ばかり。桜にあるのは酒ばかり。ハイ!
(2004/4/10)
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泣いてくれるな、ほろほろ鳥よ・・・ |
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冬眠状態の風情でありますが、この20日より京都バスも運行開始のはずで、お天気が良ければお歩きの方もそろそろお越しいただけるようになってまいりました。
突然ですが、この何日、小沢昭一さんの小沢昭一百景「泣いてくれるな、ほろほろ鳥よ」(晶文社)をペラペラめくっております。晶文社の本は装丁がオシャレ?で、これまた、このシリーズもたまらなくいい感じ?であります。まぁ、内容は別にしてついつい、「泣いてくれるな〜♪、ほろほろ鳥よ〜♪♪」口ずさんでしまい、ところが、最初がでてこない。うーん、なんだったかな?、カミさんに聞いてもわかるはずもなく、おふくろに聞いてみますと、そうでした、そうでした、「花も嵐も踏み越えて〜♪」でありました。おふくろさんは「愛染かつら」と申しておりましたが(そういう小生も愛染かつらって始まりどうだった?と聞いたわけでありますが・・・)、これは「旅の夜風」であります。しかし、これまた口ずさんでいると本の内容は別にしてこころ染みいるモノがありますです。
で、第1巻は旅が主題で、これは傑作話が多いです。田中小実昌氏との対談は笑ってしまいました。対談のなかではないですが、小沢さんが旅をするときは違う自分を演じるなることを書かれております。
で、趣旨は違う?んですが、これ、けっこう我が村でよくやる遊びなんですね。我が村に責任を転換するようで気が引けますので、個人的な場合は飲み屋のオネエサン相手、あるいは怪しげな「社長さん」電話相手。
怪しげな社長さん電話というのは、けっこうかかってくる「社長」を枕?にかかる電話。
以前、みんなで集まっていて某店店主、とことんやってくれました。相手はたぶん「社長さん、いはりますか?」から始まったと思います。もちろん単なる営業?(失礼)であることは確認済みで、よし、ここは大会社を演じようと言うことで始まりました。まず、最初は受付、次は担当部署へ、次は秘書室へ、ここで社長不在につき、用件を聞き、会長に回す。これを次々、声色を変え、最終の会長はまず耳が遠い、聞き返しを繰り返し(つまりの相手の話はまったく無視で)、最終、とんでもないことに、昔、先斗町のサチコ?に産ませた子の認知問題へと話は発展し、何故か、「金なら返せん!」で話は終わった・・・。
まったくくだらない与太話というか、暇つぶしで、まわりの我々は声に出してはいけない笑いをこらえ、涙ながらに腹を抱えやり取りを聞いてたわけであります。
しかし、相手の営業の人もずぅーと付き合っていただいたわけで、黄昏の日本資本主義?もこういう律儀な人たちに支えられているわけであります。ん?
なんだか、おもろうて、やがて悲しき、暇つぶしでありました・・・。春近きや?
(2004/3/9) |
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光ファイバーは来たけれど・・・ |
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まったくご無沙汰しております。なんとか生きております。
本年も残すところ、あと数時間となりました。ただいま新春準備に追われております。
振り返りますれば春先にはSARS騒動、夏には長雨の冷夏、紅葉はさっぱり、とことん異常続きでこうまで異常でありますと、何が平常か、ほとんどわからなくなってまいりますが、変わらぬ本年のご愛顧、誠にありがとうございました。
改めて御礼申し上げる次第であります。
貴船は雪景色で、これが当たり前ではありますが、この何年と申しますか、降雪量はめっきり減っており、久々の雪かきでまいっておるところです。久々の雪ではありますが、これまた異常といえば異常でこの季節の雪には珍しく水ぽっい、重たい雪でありまして、春先の雪のようであり、古木がおれて、けっこう被害が出ております。
この年末、待望の光ファイバーがやってまいりました。 いままでみやビジョンのCATV接続であり、別段何不自由はなかったのでありますが、やっぱ光となると心躍ります。NTTのBフレッツではなく、関西電力のK-Optiなるサービスです。この地域ではBフレッツはたぶん現状こないと思われ、あきらめていたところ関電の攻勢であります。まぁ、できれば光接続よりも電気料金を安くしてくれる方がどちらかといえばありがたいのですが、競合はそれ自体の複雑さを除けばありがたいと言えば言えるのかもしれません。
それにしてもその昔?ブラウザのニューバージョンが出るたびに早朝勇んでダウンロードしていたのが懐かしく思われます。144、288の頃から考えるとまったく隔世の感があります。ISDNの頃には韓国の友人にモデム自体をバカにされたモノです。ずいぶん変わったモノであります。
そうこうしてるとこの年末、光の導入と同時のように我が店の公衆電話(緑色のタイプ?)がNTTからの連絡で撤去されました。携帯盛況の折、致し方ない事態であります。確かにきょうび誰も公衆電話など見向きもしなくなっているようであります。おじいさんの古電話?といった風情でしょうか。
小さな山村にも間違いなく変化はやってまいります。
立ち会うということは年を取ると言うことになりましょう。歴史の証言などといえばカッコはいいのように思えますが、間違いなく老けてゆくわけであります。
今さら神妙になっても仕方ありませんが、ここは素直に新春へ向けて少年にように光の恩恵を存分に享受したいと考えております。
それではいささかあわてながらになりますが、どうぞ良いお年をお迎え下さい。
来年も何卒よろしくお願い申し上げます。
(2003/12/31) |
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川床始末記もしくはFラーメン賛歌 |
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好天が続いております。貴船はとたんに静かな静かな?毎日であります。
こう好天が続きますと例年になく後片づけがはかどります。
ウチの床几は総数120台。まぁ、120畳の畳を乾かし、倉庫に終うといった作業をイメージしていただければご理解いただけるかと思います。たっぷり水を吸った床几を乾かすのはけっこう手間なモンです。貴船の谷はだいたい午前10時くらいから午後2時過ぎぐらいまでしかお日様があたりませんし、120台を置く場所もありません。さぁ、どこで床几を乾かすかが問題となってまいります。
ウチではこの何年か、近隣の雲ヶ畑の街道まで持って行って干させていただいております(雲ヶ畑の皆さん、ご迷惑おかけしております)。朝一番に持って行って日の沈む頃に終いに行く。一度にすべては無理なので、すべて終わるまで天気と相談しながらのけっこう気の長い作業になるわけです。
しかし、天気さえ続いてくれればこの作業はきついながらもけっこう気に入っております。ひとりで黙々と床几をトラックに積み、卸しの繰り返しは寡黙なたくましい一人前の男になったような気がしてまいります。
余談になりますが、今年はこの作業の近隣?にお気に入りのラーメン屋さんを見つけ、お昼顔をだすのが楽しみのひとつになりました。Fラーメンさんといいます。小生、評判のラーメン屋さんは人が多いので敬遠するのですが、新たなのれんを見つけるとついつい入ってしまいます。Fラーメンさんも新規開店で入ってみたのでした。で、何故か、ここのラーメン屋には鯖寿司があるのですが、これがもう形容として正しいの知りませんが珠玉の味であります。まぁ、生意気を言わせてもらえば鯖寿司は日によってばらつきがあるのかもしれません。が、もう美味しいときはそれはもう涙モンであります。いづうさんのように出汁昆布にまかれてそのまま食べる形であります。なんでもご主人は和食職人さんであったそうであります。ラーメンへの思いやみがたく転職されたみたいであります。手伝う奥様は若干不服そうな気配もありますです。ええい、黙ってついてこんかい、といった雰囲気のご主人ではないのですが、そこは上品な頑固さとまじめさが共存されているような感じで、最終、このご夫婦に幸多かれと人知れず声援を送りたくなるようなFラーメンさんであります。
もくもくと床几を片づけ、そしてFラーメンさんで気負い無く、それでも美味しい鯖寿司に自負がそこはかとなく見られる雰囲気につかり、なんだか、今日はいいぞ、いいぞといった感じになってまいります。
静かな静かな秋の一日であります。
※(なおFラーメンさんはもちろんラーメンも美味しゅうございます。)
(2003/10/10)
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シンガーズスリーはどこ行った? |
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現状、川床始末に入っております。
トップページの遊び?ではありませんが貴船菊が目立つ季節になっております。ちょうど川床の終わりを待ちかねたように貴船菊は目立ってまいります。個人的にはお茶花としては最高?のような気がしないではありません。
で、ここでは(どこでは?)貴船便りですので関係ないことは書かない原則でまいったのですが、今日NHKラジオで富沢一誠?お勧めの曲シリーズと言うことで「いちご白書をもう一度」が取り上げられておりました。小生、世代的には「いちご白書」より若いと言えば若いのですが、まぁ懐かしい歌のひとつではあります。今日はバンバン版と何か最近の人が新たにカヴァーしたバックにラップ調のそれはそれでなかなかの雰囲気のものが流れておりました。
で、気になったのはバンバン版の最後に聞こえたコーラス部分のアー?とかウー?とかの美しい声はシンガーズスリーではないのかと思った次第であります。これは当時まったく気にならなかったのですが、何故か今日はやけに耳に残りました。
シンガーズスリーを覚えているのは、その昔、小椋佳さんが初めてライブをしたときバックのコーラスを担当しており、小椋佳さんはメンバー紹介の時にとりわけ「ボクのようなもののために・・・」といった雰囲気でその偉大さをたたえておられました。それがやけに今でも印象に残っております。たぶん伝説?のスタジオミュージシャンなのだと思うわけです。
「いちご白書をもう一度」の最後のコーラスはたぶん、まちがいなく、ちょっと不確かではあるが、けどやっぱり、シンガーズスリーだと思います。
「いちご白書をもう一度」からでもずいぶん時がたちました。小椋佳さんの初ライブからだともっと時間がたっているような気がいたします。(その昔FMのエアチェックをした覚えがあります。)最近ではバックコーラスが必要な歌もなくなっているのかもしれません。
あの素晴らしいシンガーズスリーのみなさんは今どこで何をされているのでしょう?
少々気になる秋です・・・。
(2003/10/7) |
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夏の終わり?(??直太郎さんふうに・・・) |
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長らくご無沙汰しており、大変失礼いたしました。
本年、川床期間もあと残すところ5日ばかりになりました。
本年のご利用、誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。
本年はこの欄でも記しましたように(何故か、奇妙な夏と雨がテーマになってしまったような気がいたします。もともとテーマなどまったくありませんし、この4月末から始めたものですので、振り返るものもないわけではありますが。)冷夏と申しますか、奇妙な夏と申しますか、やっぱとにかく、何が何でもとことん雨だったのだ、といった夏でありました。
このような夏のせいにするわけではありませんが、ご利用いただいた皆様におかれましては多々ご不都合、ご迷惑をおかけしたかと案じております。
この場をお借りいたしまして謹んでお詫び申し上げる次第でございます。
貴船はこの二、三日、急に冷え込んでまいりました。
振り返っているアンタにもう秋を捧げちゃう、と申しますか、この変わり目の早さに、いささか誰に向かうともなく唖然としておるのが実際のところであります。
何のご説明もなく、トップページに貴船菊(秋明菊)の写真をアップいたしましたが、もういきなり貴船菊本番?の季節であります。
川床始末記?の季節に入りますが、当webページも今少し落ち着いたアカツキには写真等織り交ぜ、ページ構成の充実をはかり、もう少しましなものにしたいと考えております。
紅葉情報、周辺事態?、料理写真、携帯(iモード)版、などなど。
また本年11月は貴船神社さんが中心となり我が観光会と叡山電車タイアップの「貴船もみじ灯籠」なる企画が動き出しております。
末永くおつきあいのほどよろしくお願い申し上げます。
ということで取り急ぎ、御礼並びに再びのご挨拶に代えさせていただきます。
「 もう秋か。
秋が別れの季節なら俺には秋が怖いのだ・・・」
(・・・これは冬だったかな?)
(2003/9/23) |
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「ノルウェイの森」異聞? |
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こちらは長梅雨もやっと終わりのような気配です。
が、宮城県を中心とする大地震、謹んで心中よりお見舞い申し上げます。
思い起こせば阪神大震災ではここらもかなりの揺れで恐怖を感じました。花折断層の隣接地として人ごとではありません。ただ当時、ライフラインの崩壊をかいま見て、ここらはいわばテレビ「北の国から」の気配?もありますので、そういったところでは案外心強い面もあるのだなと思ったことを記憶しております。
ところで観光会メールで学生アルバイトの問い合わせを2,3頂戴いたしました。誠に申し訳ないのですが、観光会に統一の求人フォームが用意されているわけではありません。それぞれ希望各店にお問い合わせいただくしかないのですが、メールの中で村上春樹さんの「ノルウェイの森」についてお書きになっていた方がいらっしゃいました。
観光会青年部の求人広報で確かにその舞台なることを書いております。小説の内容はもう何も覚えていないのですが、読んだ当時、これは花脊峠ではないか、と確信した次第です。
消防団の先輩に鞍馬の石屋さんがいらっしゃいまして、その鞍馬石の発掘現場?にお邪魔したことがあります。そこはお仕事の現場としてはブルドーザーあり、トラックありの男らしい?現場ではありますが、周りの景色は非常にすがすがしく、別段作業中でも何故か騒がしくなく、独特の時間が流れております。村上春樹は実際ここへ来たことがあるのではないか、とまで思いました。特に覚えている印象として、風の描写?は、まちがいなくここらを歩いたに違いないと思います。
だから、どうなんだ?と問われれば返す言葉もないのですが、昨今のアルバイト学生風情に関してはいずれご報告できることもあるかと思いますのでここではふれないにせよ(我が店にはかつてアルバイト連絡協議会「若い芽を摘む会」というものがありました。皆さん、お元気でしょうか?)、まぁ、少し懐かしくなった次第であります。
ということで最終村上春樹さんにお聞きしないとわからないにしても観光会のページの記述はそうでたらめではないとかんがえておる次第です。
お歩きになって確かめられますか?
「ノルウェイの森」がBGMにあうか、どうかはよくわかりませんが・・・
(2003/7/26) |
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藤の花伝説?もしくはサムサノ夏ハ・・・ |
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お日様が恋しいところであります。いったい夏はどこでお昼寝しておるのか。貴船殺すにゃあ、刃物は要らぬ、つーところでしょうか。
少々弱気のつぶやきをお許しいただければ、本年の藤の花はあまりに鮮やかでありました。 藤の花が鮮やかなときは寒い夏が来る・・・。今は亡き貴船藤清先代さんのお話があまりにもせつなくよみがえります。
われわれが聞かされてきましたのは、貴船というところはお百姓さんと一緒でお米が良いときは良い目をさせていただく・・・。こう長梅雨ですと、まさしく「サムサノ夏ハオロオロアルキ」であります。
「オロオロアルキ」の第一弾として過日、我が観光会青年部のJ会長に呼び出され、一杯やりました。J会長というのは、店名を記述するのはいささか気が引ける?我が村の名物男であります。といいますのも、この御仁、お酒を飲みながら段々、目が両サイドに離れてまいりますと、近づいてはならぬというのが、近年のこの村の言い伝え?の一つであります。会長、我々を呼び出すときは「こぉい!」の一言であります。最近、なんといってもありがたいのは携帯電話では発信者の名前が出てくることです。小生、誠に失礼ながら、J会長の場合、ほぼ取らないようにしております・・・。
ところで、そういう次第でありますので、少々ビビリながら、お待ちのお店ののれんをくぐりますとJ会長珍しくお一人で飲んでおりました。お酒飲みというのは、酔っぱらいながらも心得ているというか、気の弱い哀しい男たち?の別名でして、二人の場合はけっこう安心できるものです。これが三人となりますとついつい甘えが出て、別段誰も望んでいないのに仲介者ありの酔っぱらい何でもあり状況?が出現いたします。
まぁ、我々に似合わず、静かにというか、しみじみ、岩にしみ入るように?飲み始めたわけであります。
「おまえ、どう思う?このバス攻勢。代理店の草刈り場やで。」
「ハイハイ」
「そのうち蛍しかいんよなるでぇ。」(訳、「蛍しかいなくなる」)
「うーん」
「せやけど、このご時世、この天気、みなの気持ちはわかる」
(訳、「だけど、こういう時代、こういう長雨続き、みなさんの気持ちはわかります」)
「ふむ、ふむ」
「せやけど、蛍しか飛んでへんほうが、よっぽど寒いんちゃやろか?」
(訳、「だけど、蛍だけが飛んでいる貴船になる方がよほど怖い」少々意訳あり)
「ふむ、ふむ、ふーん・・・」
なんでもJ会長が伝えたかったのは大型バス攻勢にどう対処するかであったみたいです。そこへ本年の長雨。うーん・・・。
大型バス問題というのは我が観光会がかかえるやっかいな問題であります。なかなか難しいところであります。J会長仰せの通り、確かに長い目で見れば「寒い」のかもしれません。
いろいろな夏があります。お天気は致し方ないところでありましょう。自ら招く寒さだけは避けたいものです。
サムサノ夏ハオロオロアルキ・・・、雨ニモ負ケズ・・・
頑張ろう!おぉ!(昔懐かしく総評風に・・・)
ということで?しばらくぶりではありましたが何卒よろしくお願い申し上げます。
(2003/7/21) |
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奢れる人も久しからず? |
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連日の雨で、いやはや、弱っております。貴船川はけっこうな増水で、昨日、川床は全面撤収となりました。本日、なんとか夕方には一部床几をつけ、明日、水が引けばなんとかすべて床几をつけられると思います。水の引きが早いときは逆に気をつけねばならないというのが昔からの言い伝えで、増水した川を眺めながら、ん、そうだ、ゆっくり引く方がいいのだよ、と自らを慰めております。
店前にある沙羅の木(夏椿)の花が目立っております。妙心寺さんの有名な沙羅双樹の花は家人によれば沙羅の花だそうであります。こんな事を言っていいのか、少々心配でありますが、沙羅双樹の花は白い花びらの中?が赤いそうであります。妙心寺さんもウチの店前の花も中?は黄色いのでたぶん沙羅の花でありましょう。ぽつりぽつりこの花が落ちてくる風情は、そうおもえば平家物語の初めの一節に浸れるような気もしてまいります。
ところで本日、台湾のテレビ局から取材の問い合わせがありました。「SARS騒動後のご集客のためにも・・・」、これはいささか、うーん、であります。先だっての騒動の時はこころからご同業に同情もし、小さな我が村であったなら・・・、と皆と深くため息をついたモンであります。
今、この時節に、やっぱまずい。しかし、こういう閉鎖的な構えでいいのか。こういう姿勢で本当にいいのか。WHOは安全宣言?を出した・・・。いやいや、当店はテレビ取材には元々積極的ではない。そうだ、そういうことだ・・・。うーん。
ということで、こういう姿勢は「おごれる」姿勢?ではないよな、としばし悩んだりいたします。どうお返事したらいいのだろう?
物言わぬ沙羅の花があまりにも鮮やかであります・・・。
(2003/6/25) |
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富士には月見草が・・・ |
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なんとも、もう、これでもかぁ、という梅雨になってまいりました。
近年にはめずらしい、まさしく梅雨の風情です。これはこれで梅雨だよな、 もう二度と立ち上がれないほどのしとしと?梅雨だよな、夏はこうしてやってクンだよな、これが正しい日本の梅雨だよな、と、まぁ失礼ながらひとしきり納得いたしますが、お客様は川床目当て。なんとも申し上げようがありません。
本日も終日川床は使えず、やるせない気分でホテルプランのお客様をお送りいたしまたら、最後に車を降りられたご夫婦の奥様がそこはかとなく控えめに「お料理、おいしかったです・・・」とお声をかけてくださいました。何よりありがたい恐縮のお言葉で、いまさらながら、お客様に支えられていることを実感しております。
この季節、確かにうっとうしいですが、まだまだ湿度はしれています。今から祇園祭前後まで、まさしくむんむんとしてこないと正しい京都の夏はやってまいりません。致し方ないところであります。
ところで本日の奥様のありがたいお言葉、これはなかなかお伝えするのが難しいのですが、去り際に一言、絶妙のタイミングと申しますか、またこれ以上ないトーンのお声がけで、上品というのはこういう雰囲気をいうのだなぁ、と思った次第であります。指揮者の岩城宏之さんが何かでお書きになっていましたが、何かのシンフォニー?の最終楽章、消えゆくように終わりが来るその最後、ゆっくりタクトをおろし、最前列のご婦人とたまたま目があった、ご婦人は控えめに小さく指でOKのサインを送った・・・。これはいわゆるブラボーを少々批判されたくだりでそのOKサインのタイミングをやけに評価されておりました。これはたぶんやさしさというものだと思われます。やさしさは人知れず・・・、野にある花のように・・・。
で、この印象、いま、貴船では雪の下の花が鮮やかであります。雪の下の花は梅雨に目立ちます。小さな小さな白い花であります。ちょうどしばし静かになる貴船を待ちかまえたように咲きます。なんの華やかさもありません。けれどこれ以上ないほど、何故か、貴船に似合うような気がします。
「富士には月見草が・・・」、あの奥様には雪の下が・・・。
本日のご来店、誠にありがとうございました。
(2003/6/14) |
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それでも夕立三日・・・ |
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川床は始まっております。どうかよろしくお願い申し上げます。
川床が始まりますとなんといってもお天気が気がかりになります。
この季節になりますとウェザーアトラスの出番です。最近は気象庁の情報もネットに公開されていますが、なんでもアルプス社のようなお商売のお方からクレームが入ったらしく、気象庁が本気になればまだしも現状便利さではウェザーアトラスには勝てません。
こっちはこれはもう気象予報士のお方より切実にお天気情報とにらめっこになります。
昨日の夕立もウェザーアトラスのおかげでゴザ等まったく濡らさずに済みました。まぁ、お昼がはねたあとであったのでお客様へのご案内もせずに済みました。しかし、ウェザーアトラスの解析もこれまた大変です。ウェザーアトラスでは25万分の1広域?の地図がでますのでかなり詳細に近隣の雨天状況が把握できます。ほぼ10分単位で更新されます。完璧といいたいところですが、降雨のミリメートルというのは実際の体感の降雨では雨と認識していいのか、なかなか微妙なデーターになります。川床を続行していいものか、うーん、というのがままあります。また、データーの内容は別にして、最終、雨が降ってもいないのにお客様にご理解いただき、ご納得いただくにはさらに大変です。川床からお部屋へご案内し、今度はこっちは雨乞い体制になったりいたします。うーんがしごく複雑な心理状況になったりするわけであります。気象予報士さんのお気持ちが痛いほどわかります。
夕立三日とよくいいますが、確かに夕立は三日続くようであります。この二日でもなく四日でもなく、三日というのがなんともえもいわれぬ?響きがあります。が、このようなことわざや、雲の流れや、方角で川床を判断していた時代も終わりつつあるのかも知れません。それでもやはり夕立三日は耳から離れぬもので、朝、好天の空を眺めて、
「夕立があるかも知れない・・・」と暗い顔でつぶやいておりますと家人が「アンタ、いつでもネガティブねぇ」とのたまっておりました。そういえば昔、アンジェイ・ワイダ監督の映画「地下水道」にまったく違う状況とはいえ、同じようなせりふがあり、おもわず言葉を失ってしまいました・・・。
それでも、しかし、まったく晴れていても、どうしても、やはり、くどいが夕立三日・・・。
ところで話は変わりますが、店前の床几に腰掛けてぼんやりしておりましたら、この床几に置いてあるたばこ盆に黙ってタバコを入れられ通り過ぎたお方が3名おられました(細かいようですがカウント3名記憶しております)。たとえば、八つぁんと熊さんがタバコをくわえながら縁台床几で将棋を指しているとして、そのたばこ盆に通りすがりの御仁が黙ってタバコを消したとする。八つぁんと熊さんは思わず顔を見合わす。これでは落語は始まりません。これは正しい日本のあり方ではないんではないか。通常、男女問わず見知らぬ方に「好きです・・・」といきなり話しかけられれば、絶句?してしまいますが、「すみません、いいですか・・・」となれば「どうぞ、どうぞ」となりそうな気がいたします。おもわず環境問題まで話は弾んでしまいそうな気がしないでもありません。そうかそうか、やっぱたばこはやめないとなぁ、と互いの健康を気遣ってしまうかも知れません・・・。
しかし、最終、そういうお方も正しい日本のお方も、何卒、本年、川床謹んでよろしくお願い申し上げる次第であります。
(2003/6/8) |
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杖なくともありぬべき顔を・・・ |
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明日、6月1日は神社例祭です。
この例祭は虎杖祭りともいうらしく、昔は4月1日に市原あたりまで運んで量を競ったそうであります。4月1日ということは今なら5月初っぱなでしょうから、なるほど、虎杖絶好の季節かも知れません。その昔には「虎杖競べ」ともいったらしいです。虎杖は春の季語らしいですが、夏の季語として「虎杖狩」という言葉もあるそうです。
娘の通う鞍馬小学校で虎杖を研究課題にしておるそうですが、植物としては資料はありますが、なかなか虎杖にまつわる色々?なことに関してはまとまったものが見あたりません。それで思い出したのが荒木良雄さんなる国文学者。昔、知り合いのY先生がその荒木良雄さんの書誌を作成されており、すぐさま知り合いに連絡するとありがたいことに資料を送ってくれました。甲南大学の昭和26年の紀要であるみたいです。
その「虎杖の系譜」を少し読んでみますと虎杖は地方でいろいろな呼び名があるそうです。荒木さんは但馬、丹波あたりで虎杖のことを「ダンジ」と呼ぶのは何故か、を研究の出発とされております。万葉のころには「ダジの花」と読んだのがその名残であろうと推察されております。中世に入りますと虎杖は「イタドリ」と統一されてでてくるそうであります。何でも清少納言が枕草子の中で「ホントに虎に杖がいるんかい?杖がいる顔つきとちゃうでぇ!」と少々揶揄されているそうでもあります。
で、近世にはいりますと語源的研究がでてくるそうでありますが、荒木博士は民間語源を地域によって詳細に分布分けされ、最終、但馬の国の「タジマ」はこの「ダンジの花」に語源があるだろうと推定されております。うーん。
まぁ、最終、虎杖祭りは何故に虎杖祭りかはわかりません。
ところで昨夜神輿洗いで村の皆さんとなんとかお宮まで御神輿をあげたのですが、お宮へあげた途端、小生、吐き気はするわ、心臓は波打つわ、死にそうになったのであります。これはとにかく退散しなければと本殿の階段を降りたところで足がもつれ、そのままぶっ倒れてしまいました。誰も助けに来てくれない。このままこの世を退散ということになれば末代まで酒の肴になる・・・。ちょうど今から足洗だし・・・。
語源はこの有様まで詳細にたどってくれるものなのか。
・・・ 神輿洗いの時になぁ、お陀仏したヤツがいよった。杖が間に合わんかった・・・。
「杖なくともありぬべき顔を・・・」(枕草子)
明日は御神輿巡航。ちょうどお後がよいようで・・・ 。
(2003/5/31)
※荒木良雄博士の「虎杖の系譜」、ご興味のある方はご一報下さればコピーを送らせていただきます。
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人はSARSのみを運ぶにあらず・・・ |
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毎年お祭り前には村上げて街道のお掃除をいたします。昨日はガードレールの掃除もしようということになり、午前中かけての大仕事になりました。腰痛持ちでありますので小生、お許しをいただいて主に水運びをさせていただきました。「寒い、寒い」を連発しておりましたら、先輩方から「こっちは汗だくなのに何が寒い?」といささかヒンシュクを買いました。
さて、現在、上水道工事と別に道路護岸の補修工事を実施していただいております。この工事のため、川の水路を迂回さすのに常は河原である部分が一晩で新たな水路になってしまいました。少々ビックリいたしました。というのは今貴船川で京都大学の環境専門のチームが絶滅危惧植物キブネダイオウの調査をされておりまして、この研究者たちとなぁーんもわからずまま少々関わりを持った小生は、掘り返された河原を見て大げさにいえば驚愕したのでした。
キブネダイオウというのは貴船地域で特に顕著に生息する植物であるらしく、近年帰化植物種であるエゾノギシギシなる植物との混合が危惧されており、その独自種の絶滅が案じられているものらしいです。まったく知らなかったのですが、その世界では絶滅の原因の一つに川床があげられてもいたそうです。今回の調査で絶滅(へ向かう?)の原因としての川床は関係ないと結論されており、少々安堵しております。
ところで最近世を賑わしております、SARSなる感染症ですが、人が運ぶのは感染症ばかりでなく、こうした今まであり得なかった植物の種まであるわけです。
貴船は昭和10年の大水害で貴船川の水路が大きく変わりました。そのときの護岸工事が植物の生息に多大なる影響を与えたみたいです。今回調査を主導されております、瀬戸口先生は、「元来、貴船川は頻繁に洪水による氾濫を起こす河川であり、キブネダイオウはこのような洪水による植生の攪乱を前提に生育している植物である」(京都府貴船川における絶滅危惧植物キブネダイオウの保全研究)と推定されております。たくましいといえばたくましいのですが、「共生」しようとすればこっちが家まで流されるということになるのかも知れません。(実際我が家はわかっている限り3回は流されております。)なかなか難しいものです。
この工事がはじまって河原に調査されているキブネダイオウの標識?が目立ち始めました。街道をお歩きの方には何の杭なのかよくおわかりにならないかも知れませんが、京都大学の学生さんがびっくりして早急に動かれているのだと思います。
学生さんにすればテロにも勝る襲撃であったかも知れません・・・。
(2003/5/22) |
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酒三献をとうに過ぎ・・・ |
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地元洛北の料理飲食業組合連合会創立80周年記念式典がありまして昨日出席いたしました。お酒が進むうち、なかなかの盛り上がりとなり盛況のうち散会となりました。
ところが、なかなかどうしてこうして、めでたい会合、悲しい会合問わず、とにかくみんなでやっぱ出てきた限りは散会などという上品な言葉は我が村にはありません。ということでご婦人方も交え長時間の2次会?となったわけであります。
基本的には商売敵とはいえ、わずか20件ばかりの観光会。そこは運命共同体であります。またほとんど戸数も変わりませんので教育的環境?も万全でお店を離れれば村の中の役割が自然と出来上がります。特にお酒飲み特有の当日の酔い加減によってその日のスポットライトを浴びる御仁、黒子に徹する御仁、絶妙のバランス感覚で悪態暴言の中にもあまりにも村的な優しい秩序が醸し出される?のであります。
そういえば貴船右源太の若ご主人に紹介され、昨年の水フォーラムで大変お世話になり少し面識のある作家C・W・ニコルさんが、つねやさしく感情を表に出さない日本人が大きな声を出して自己を主張して良い場所がただ一つある、それは酒の席だ、といったようなことをお書きになっておりました。不思議の国、ニッポンの典型のような光景かも知れません。我々の場合、オマケがあり、声は大きいけれど話は小さい・・・。
さて、酔いは続き、上水道工事のため深夜通行止めの街道を1キロばかり歩いて帰宅することになりました。なさけないやら、なつかしいやら、複雑な心境でありましたが最後は懐かしさの気分が勝ったのでした。
少し冷え込んで心配ですが明日から川床の本格的な設置が始まります。
6月1日神社例祭、川床開きであります。
(2003/5/20) |
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腰痛持ちの愛宕詣 |
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三年ぶりの愛宕講の当番がやってまいりまして本日滞りなく?無事すませました。愛宕さんはご存じの通り火の神様でありまして、本来の王道では清滝から登るのが筋ではありますが、最近は少々お許しいただいて水尾から登らしていただいております。
保津峡を眼下にしながら水尾までやってまいりますと、さすが素晴らしい。腰痛持ちでありますので心配しながらも本年は一人で登り始めました。我が地域も来年には地域水道が入ってまいりましてただいま工事の真っ最中でありますが、水尾ではもう済んでおり、立派な配水地が参道の入り口に目立っておりました。ただしそこまで道がコンクリートになっており、少々歩きにくくもなっておりました。配水地から水尾の村を眺めますとやっぱこれは下水道も込みで考えなくていけないのではないか、などと生意気な考えがわいてまいります。水はもともと大いなる循環の極地?のようなものであります。入りだけを考えればよいというものではありますまい。この素晴らしい水尾を見ていますと上流地域ほど上下水は対で考えねばならないと思われるのであります。
ところで山登りに関する講釈?に関してはいささか自信を持っておるところでエベレストビューホテルまで行ってこの目でエベレストの雄姿を一目仰ぎたいのがささやかな夢であります。タンボチェ?までいくと加藤保男さんの墓があるはずです。植村さんはマッキンリーでありますが、後を追った山田さん、三枝さん、大西さんなど名だたるクライマーもまず最初はエベレストでありました。本当はネパール側からでなく、チベット高原を越えて中国側からが希望でありますが、チベット高原を越えるまでにこの世にいないかも知れません。実際のところはネパール側からの方が緑が映えるそうですが・・・。
んなえらそうなことをのたまっておりますが、とはいっても小生自身、未だかつて千メートルを超えたことがないたんなる講釈師であります。しかし、ヘルダーリンの有名な詩句でありませんが、「危険のあるところ救いの手もまた育つ」。ホント、まばゆいばかりのクライマーたちであります。小心な小生でも心躍らされます。
このまばゆさは、たとえば植村さんのお話で驚いたことがありますが、北極横断を準備されていたとき、植村さんはその一環として日本列島を徒歩で歩かれております。
北極でそりがダメになり、次の目的地までの距離を考えるときたんなる空想でなく、(例えば)あぁ、札幌から東京までの距離だなというふうに、実体験に還元して考えます。まばゆさには実に周到な裏打ちがあるのです。フォークランド紛争さえなければ必ずや南極大陸横断を成就されていたことでしょう。残念でなりません。
まぁ、関係ないといえば情けなく話は終わってしまいますが・・・。
草野心平は植村さんの行為自体が詩だと歴程賞をマッキンリー行方不明後ささげ、最大の哀悼をささげました。 宮沢賢治「永訣の朝」の朗読と込みになってよみがえる思い出であります・・・。
いささか愛宕山単独行?に舞い上がり、いっちょまえの山男を気取っております。
神社休憩場所でやたらめったら「アーアー」のたまっていたため息おじさん、水尾参道でラジオ片手に競馬新聞を見入っていた妙に粋なおじさん。ヘルダーリンというよりどう見ても同類相哀れむであります。
心地よい疲れであります。
(2003/5/13) |
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威風堂々消防団、もしくはお茶会の恥をしのんで |
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毎年五月にはいると少々気の重いことがやってきます。京都市消防団総合査閲。消防団の皆さんはどこでも春になるとこの査閲に向けて訓練があることと思います。5日から査閲の訓練が始まりました。
これは、回れ右とか、4歩前に進め、とか少々くたびれかけた皆さんがどこかの国の皆さんのように整然と行進するための訓練であります。
消防団はこの村では特別な存在であり、いまさらながら村八分の残り二分の大きさの意味をかみしめたりもいたします。
同時に毎年この訓練中、一生懸命足を上げ手を挙げ、汗をかきかき、ふと夜空をあおぎ我が身を振り返りますと、いったいオレは何をやっているのだろう?といささか不条理な世界をかみしめたりもするわけです。
「威風堂々と!、元気よく。閲覧者の前を通り過ぎるときが勝負です・・・」
貴船口消防出張所の隊長の激励です・・・。
いったいオレは何をやっているのだろう?ということであれば本日初めてお茶会に出席させていただきました。かなり心配して出席したのですが、そこは懐の深いご亭主と優しい先輩方?のお導きで、素人がいきなりオレにも出来るんじゃないのか、といった、いささかふざけた感想を持つほど、快い緊張のなかにもリラックスしながらの良い体験となりました。
消防団とお茶会を較べるのもナンですが、どちらもいわば日常を離れた異空間のような世界であります。どちらもいわば苦手な世界になりますが、どういう感想を持つにしてもこの感想の距離だけは何かとてつもない距離のようにも思えます。
なんかいつでも取り残されてしまうなぁ・・・。
いささかためいきがでてまいります。
(2003/5/9) |
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虎杖を求めて、というほどたいそうでもなく |
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今日は予定通り、虎杖(いたどり)を取りに貴船藤清のご主人と出かけました。
心配してたとおり、かなり大きくなっていて一面に目立つ葉の大きくなった虎杖を前にしばし言葉を失いました。それでも気を取り直し、まだ長けていない虎杖をよりわけみつけ、何とか気の済むぐらいの量にはなったのでした。
山菜摘みというか、はじめて木ノ芽を摘みに山へ入ったのはもう15年ぐらい前でしょうか。貴船の山博士?貴船茶屋の若ご主人につれられ、神社の上隣の鈴ヶ谷をあがりました。当時はまだ、営林署の伐採前で、貴船茶屋の若ご主人のお話では、貴船の木ノ芽は日陰に育ち、ほどよい湿度の中で育つので、やわらかさといい、香りといい、特別いいものだそうです。
もうひとつ山博士のお話で驚いたのは、別段、山椒の木に名前が書いてあるわけでもないのですが、「この木は誰々さんが摘む木、あの木は誰々さんが摘む木、いいか、だから、おまえはそこでは取ってはいけない」といった山菜採りにも村のひとびとの明確な領域があることでした。いわば山暮らしの生活のルールといったものでしょうか。
山菜は確かに誰のものでもないのでしょうが、そこには長い生活と密着した文化?が築かれているのもまた確かなような気がします。
最近、タラの芽の木がよく枯れているのを見ます。乱獲ならぬ乱摘み?の影響かも知れません。「誰々さん」が悲しんでいるかも知れません。自戒を込めて記しておきたいと思います。
ところで 木ノ芽取りは本当に暇がかかります。いくら摘んでも手に持つ袋の中は少しも増えてきません。ふとあたりを見回すとまったく人の気配はなく無気味な静けさで不安になったりするものです。一日一生懸命摘んだところでたいした量にもならず、帰ってこれを炊くとほんの少しにしかなりません(炊くのは女の仕事になります)。いささかイヤになります。亡くなった祖母が「山の物は男にさわらすな」といつもいったものでした・・・。
虎杖を掃除し終わり、一服しているとやはり連休明け、山国と芹生からその山椒が7キロ入ってきました。すこし目が点になってきます。お掃除が大変です。でもこれだけ摘むの大変。
明日は調理場諸君が虎杖を取り行きます。山菜は待ってくれませんので大変です。
夏には八寸の一品を飾ります。
(2003/5/6) |
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この連休は暑いぐらいの好天に恵まれ、貴船はたくさんのお人でにぎわいました。この暑さでは川床も映えます。疾風怒濤というわけでもありませんが、すこしあわただしい連日のお昼となりました。ご来店下さいました皆様にはご案内等不都合をおかけしたことと思います。この場をつうじましてお詫び申し上げます。
この連休中、気がついたことは神社鳥居前で携帯電話を高く上げながら写真を撮られる方が多かったことです。最近のカメラ付き携帯というものでしょう。その風景は少々変な感じに見えました。しかしながら、いずれ、昔ながらのカメラをかまえて写真を撮る姿の方が変な感じに見えるようになるのかも知れません。しかしですね、まだお一人ぐらいであればまだしも、2,3の方がいっせいに携帯電話を高くかざしている姿はどうもなじめないのでありました。
ところで連休といえば昔は大渋滞などあり、ご到着時間が大幅に遅れられるお客様等、何か起こった?ものでしたが、最近は平穏無事がつづき安心しておりましたら、久しぶりに3日の夜中3時過ぎにお出かけになるお客様がいらっしゃいました。
ご事情を聞くとお医者様で急にお仕事先へ帰らねばならないとのこと。夜中の電話にはビックリしましたが、 いやはや、こうなるとどちらが大変なのか。せっかくおくつろぎにお越しになったのに、お医者様というご職業はおくつろぎになる時間自体がないのかも知れません。でも、くつろぐ旅行という意味ではよくよく考えるとみな同業のような気もしてまいります。よくリゾート地で何日ものんびりとご旅行される方がいらっしゃいますが、本当に気分転換になるのか、よくわからないところもあります。
気分が落ち着くというのは、そういうことを求めたときには何処にもないような気もしたりします。(んなこと、いっていいのかなぁ?)でも、人は旅をする。むずかしいなぁ。
今日のカメラ付き携帯の風景も旅をしながら、メモリアルの意味はもちろんあるのでしょうが、どなたかお知り合いに写真を送ってられるのかも知れない。旅も近しい人への連絡、あるいは目線の中で続いていく・・・。
京都北山登山の先駆者で棲み分け理論で名高い今西錦司先生は(ちなみに今西先生はむかしのおなじみさまで、その著名なヒラタカゲロウの研究の舞台は貴船でもあります。)北山が人を誘い込む迫力が見知らぬ国々の人知れぬ自然に分け入ってみたい願望の原点であると書きとめられています。今西先生の研究はもうありえない旅の延長であったのかも知れません。うらやましい限りであります。
(2003/5/4) |
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貴船便りというのはいまち安易すぎるような気がして、別段、着てはもらえぬセーター?を編んでいるわけでもないのですが、とりあえず、いささか、いやはや、わけもなく、貴船便りということで始めたいと思います。
少し緊急にHPを制作いたしました。なんとか、当初予定の体裁が整い、少し落ち着いた?かに見えます。今後ともよろしくお願いいたします。
貴船は山吹が終わり間近になりまして、シャガの花が谷一面にぎわい始めました。新緑の一番良い季節を迎えました。
本日も絶好の五月晴れであります。
少し床几を用意し、連休、お天気なら川床をご用意できます。
まだまだ連休中、お席は用意できます。またご宿泊もお部屋はあります。
どうかよろしくお願いいたします。
ところで我が敬愛する高島俊男先生に寄れば五月晴れというのは本来梅雨合間の晴天を意味するそうです。芭蕉の五月雨を集め云々の句は、梅雨の増水のようで貴船であれば床几を上げねばならぬほどの雨でありましょう。風情も何もないかも知れません。
ついでに氷雨というのは夏の季語らしく、「飲ませてください、もう少し・・・」というのは語句の確かな意味ではビアガーデンになるのかも知れません。あの人を忘れたいというよりも、あの人に怒り心頭になるくらい、シチュエーションが変わってしまいます。なかなかむずかしいものです。
シャガが目立ち始めたと思いましたら、今度はもう藤の花が目立ち始めました。春が来るのは遅いのですが、やって来ますともうとにかく春だらけというありさまです。
藤の花は美しいのですが、貴船藤清の先代さんのお話によると藤の花が美しいときは寒い夏が来るとのことです。
毎年、藤の花が目立ち始めますと藤清さんのお話が思い出されます。
連休明けにはその藤清さんの若ご主人と虎杖を取りに出かける予定です。
虎杖ももう大きくなっているようで、少々焦り気味です。
あわただしい夏の始まりです。
取り急ぎ、ご挨拶に代えさせていただきます。
(2003/5/2) |
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