私たちの経験した開拓的登山を、ハイキングの対象となった今日の北山に求めよというのは、歴史の否定でしかない。今日の遠征はなるほど昨日の登山から生まれたかもしれない。しかし明日の遠征を産むものは今日の遠征である。明日の遠征家は今日の遠征家から生まれる。
それにしても、この私こそは北山から巣立ったものである。私と北山とこそは切っても切り離せすことができない。遠征の夢にも私の魂は北山をさまようであろう。(・・・・・)
夕日が射して濃い陰影のついた北山を、加茂川のほとりに立って眺めるとき、その北山は中学生であった私を、はじめて山に誘い入れたときと、同じ迫力をもって、今も私の心に迫ってくるのである。すると私はやはり心の奥になにかしら不安に似たものを感じ、それがしだいにひろがって行くと、もうすべてのことがつまらなく、ただただ遠い彼方の見知らぬ国々に渡って、人知らぬ自然の中へ分け入ってみたいという願望に閉ざされてしまうのである。北山は罪なるかな。
(山岳省察)
しかし、 今西錦司というのはなかなからしくない文章を書くなぁ。これは少し驚きであった。生物学は遺伝子というか、分子生物学というか、そういったところが興隆していると聞く。また、お弟子筋のお方たちもサル学の別理解を展開されているやに聞く。それでも吉本の追悼文章こそが上記の北山への思いを一番理解しているもののような気もする。途端に俗な話になって恐縮ではあるがここはやっぱ我が観光会でシンポジウムでも展開できないものなのかなぁ?