ある日のりこちゃんとともくん

断酒亭日乗5月

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5月31日(水)

  • 晴れ。
  • 今村昌平が死んだことで思い出したが、29日、旅館組合の総会が昼から御殿荘であり、夜はM会経営研修会が嵐山であり、さて、この間、どこでどう過ごすかが問題であった。帰ると時間がなく、ということで、昼から少々飲んだことでもあり、眠たくもあったので、映画館で時間を過ごそうと、京極あたりへ出る。昔、「カッコーの巣の上で」を観た、京都ロキシーはなく、「ええじゃないか」を観た、隣の松竹座?もなく、それでもそこはムービックスなる映画の館になっておった。とりあえず鈴木京香に惹かれ、「陽気なギャングが地球を回す」なる邦画を選択し、入ってみる。なんと、驚きで、これは映画を観るのも楽になったモンである。前のヤツの頭を気にする必要がないばかりか、座席には飲み物のホルダー?まである。こういう事になっているとは知らなんだ。なんとなれば映画館にはいるのは、わが奥方と結婚する前に行ったぐらいだから10ナン年ぶりのことになる。まぁ、映画を観るより一眠りしただけだが、少々驚く。
    しかし、それにしても今村昌平といえば春川ますみ?ではないのか。 春川ますみのコメントが見あたらない。小沢昭一あたりと二人の雰囲気が何故かある。今村昌平で最近覚えているのはビデオで観た、「うなぎ」。役所広司と清水美紗?だったと思うが、よくぞまぁ、清水美沙が脱いだもんだということで、それしか?記憶にない。独特の映画造りではあった。合掌。
  • 夕刻、愛宕さん来る。うーむ。

5月30日(火)

  • 曇り、昼、夕立あり。
  • 午後から組合で用事があり、出かける前に夕立になるわ、銀行にはよらねばならないわ、少々あせる。案の定、組合の仕事はすこしややこしいことになる。いまさら、組合のHPの面倒を見るのは、少々面倒くさい。うーむ。
  • 米原万里さんの死去の報道。このひとの大宅賞受賞作は、なかなか印象的な読み物であった。いい感じの人であった。左翼のお家もこういう人を生むんである(まぁ、その世界のトップ官僚であるにはしても・・・)。今調べてみると「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」というもので、2002年、りこさんの入学の年であったらしい。当時の小生の感想は以下の通り。合掌。
    「 ところで米原万里さんの大宅賞受賞作は読んでいくとけっこうせつない物語であることがわかる。ソビエト崩壊後、もしくはハンガリー侵攻、プラハの春以降、東欧(通訳する場合は中欧、東欧とわざわざ言い換えるらしい)諸国の激動が、各国から集まった党員家族に波及していく様がよくわかる。多感な少女の頃に出会い、別れた友達を捜す旅になっている。それは同時に異なる民族、言語の体験を確認する旅にもなっているが、てらいなく同時代を体験した友に会いたいという動機のみが全面に流れ、せつない「わたし」探しにもなっている。その意味では上手な出来上がり。米原さんも50過ぎで、小生、捜す友達もいないが、ソビエト崩壊をこういう形で考えさせられるのも、少々面食らう。なかなかよいものを読んだ。」

5月24日(水)

  • 晴れ。
  • 日曜日が消防の査閲で、夜にはいつものとおりの有様で、ドロドロ。カラオケで浜ちゃんの「WOW WAR TONIGHT~時には起こせよムーヴメント」を選択し、歌い出したら、何故か、火祭りのサイレーサイリョウーが始まり、これには面食らう。月曜日には連合会の総会が、当方であり、これまた、深酒になる。
  • その連合会、クーラーが効かなく、原因は水抜きを忘れたためのパイプの破裂。本日、Oサンが修繕にやって来るも、今度はクーリングタワーの循環ポンプが効かなく、原因つかめず。電気屋のNクンを呼び出し、右往左往していると、なんとか復旧する。が、とりあえず、ポンプは替えた方がいいだろうとの結論。
  • GRデジタルのお客様登録をする。
  • アフガニスタンではタリバン勢力が巻き返しているとの報道。ここらの情報を仕入れると思い出すのが、船戸与一の「風のクロニクル」。たいがいの本は右から左へと忘れてしまうが、この小説だけはいまでもうっすら覚えている。これは傑作だと思う。最初の場面がまたいい。安アパートのベッドの暗い雰囲気。
    以前抜き出した文章は 「おれには世間をこのままにしちゃおかねえと考えてる連中のめらめらとした炎が見える。その炎を求めて暗い旅路を歩き続けてきたんだ。」(船戸与一「風のクロニクル」)そういえば、今日の新聞で山本周五郎賞の受賞者がでていたが、なんとも、最近の作家は顔がゲセンねぇ。作家らしいのも、まぁ、両村上さんぐらいまでではないだろうか。女性は別にしても男性の場合そんな感じ。顔は知らんが、この間読んだ「どうで死ぬ身の一踊り」の西村賢太は、そういう意味では、自分の部屋に墓標を持ち込み、同棲の女を虐待し、むちゃくちゃなだけ、古典的?「めらめら」の人かもしれん。吉本風にいえばこの「めらめら」も段階なら、段階の果ては去勢のような気がしないでもなし。しかし、去勢の内容も、地獄である。めらめら!

5月20日(土)

  • 雨のち晴れ。
  • GRデジタルがカメラグランプリ・カメラ記者クラブ特別賞を受賞し(それがなんだかはよくわからんが)、なんでも受賞記念キャンペーンで、すべてのGRデジタルの購入者にプレミアムリングを贈呈するとのこと。しかし、オレってお客様登録してたかなぁ。まぁ、面倒くさい場合、京都リコーのKクンを頼りにしよう。

5月19日(金)

  • 雨。午後から強くなる。N造園、川床設営に来るも、午後から撤退。
  • 朝、起きてくしゃみをしたところ、腰痛になる。査閲の練習が原因かはわからないが、けっこう、腰は重々しく、限界が来ていたのかもしれない。痛み止めを飲み、少し横になる。
  • JCBゴールドの会員誌の取材があったが、この雨ではどうしようもない。しかし、昨年JCBをめぐっては一悶着あったので、少々複雑な気分。
  • 沢木の「杯」読了。よくよく振り返れば、あの大会中、確かに韓国代表チームの試合では、小生も素直に韓国を応援していたような気がする。まぁ、韓国対ドイツでドイツを応援していたさんまサンのような人もいるが、まぁ、少人数であるだろう。というか、それは素直なサッカーファンの対し方で沢木的な意味とは違う。ところが、日本対トルコ戦でトルコが勝った時、韓国内では喝采が上がったそうである。これは現地にいた人々に複雑な気分を醸したらしい。そして、のちその対日本スタンスに反省の声が上がったらしい。沢木は事実として伝えているだけだが、なんでもその反省は、こちらからはじめて日本人に悪いコトをしたと思う、といったようなものであるらしい。うーむ。それにしても、何故、日本人はけっこう素直に自然に、韓国を応援していたのか。うーむ。

5月18日(木)

  • 雨のち曇り。
  • 田村高廣、死去の報道。思い出したが、確かに「泥の河」のお父さん役は田村高廣であった。「白い巨塔」の里見先生は田村高廣であったと思うが、それは見ていない。最近ではNHKの「チャンス」、これはけっこう最近のことであったような気がする。「泥の河」よかったなぁ。うーん。
  • 午後からM会役員会。
  • それでも気になるのでDCR-HC3、一応、いらって見た。何がどうなのか、基本的にはわからん。一応、「なめらかスローモーション撮影」なるものは試してみるが、こういったデジタルの醍醐味もテープの限界というものもあるのだろう。操作性自体はモニター上でといっても、まだるっこいところは否めない。ということで、もうやめることにする。
  • それより、気になるのはRoland R-09。ようやくここまで小さくなった。しかも安い?。ボイスレコーダーとしてはもったいない、というのはスパタ斉藤さんのレポートの言うとおりにしても、ボイスレコーダーの選択としてはこれをおいて他にないような気がする。欲しい。

5月17日(水)

  • 雨。台風が近づいているのは知らなかった。ということで床几、前面撤収する。
  • 朝鮮総連と民団が和解。うーむ。わが身を振り返るといよいよ時代というものは不思議なモンである。
  • ところで、本日、我が家にDCR-HC3がやって来る。なんでも昨夜、査閲の練習のあと、詰め所で、ヒロノリにやらせろ、と司令が出たらしく、K男クンがミドリ電気から直接我が家へ持ってこられた。一番恐れた事態となった・・・。しかしねぇ、小生、ビデオカメラなんて、はっきりいって、なぁんも知らんし、どっちかつーと興味もないんである。まぁ、さわること自体は、新商品ということで、あればあれでそれは楽しいんだが、自分のものでもない商品のマニュアルを読むのもめんどくさい。しかも、肝心のハイビジョン画像を確かめるものが、なにひとつなく、面白くもクソもない。本当にこれをオススメしてよかったのだろうか?
    ところで、ハイビジョンといえば、昔、NHKの取材があった時、その重々しい機材を抱えたカメラマンは、これ、1千万円するんですよ、とのたまったような気がする。ウソかもしれんが、少なくとも、百万円ではなかったような気がする。ほんとにこんな小さな物で、しかも低価格でハイビジョン画像が楽しめるんだろうか。 気になってHDVなる規格を調べてみる。特徴となるのはDVミニテープを使うということなんだろうが、それがよくわからない。たぶん、テープ使用というのが、ソニーだけが先行している理由のひとつなんだろう。他社はディスク隆盛の市場をにらんでいるのかもしれん。他にはビクター1機種。サンヨーのSDカード使用の1機種。これまた、今回の選択を少々不安にさせる一因のひとつでもある。 不安にはさせるが、小生、現行のDVDビデオカメラには素直に賛成することはできない。30分録画で充分のような気もするが、それでは必ず用途が限られる。その意味ではHDVというのは今現在のハイビジョン撮影機ということになるんだろう。ディスクの利便性には勝てるわけないが、現状の高密度記録としてはテープということになるんだろう。それでいいではないか。そうだよな、そう思う、たぶん、うーむ。記録という事に限っていえば、高画質のみが選択の第1基準になるに決まっているではないか。と思う。そうだよな、たぶん。間違いない、と思う。うーむ。

5月16日(火)

  • 雨のち曇り。
  • まぁ、昨日は久保の落選を冷静に見ていたが、少々悲しいような気にもなってきた。小生の記憶では久保は唯一人、軸足がぶれずにボレーシュートが打てたフォワードである。これはかつて釜本以外、知らん。逆にその下半身の強さが、腰痛を招いたのかもしれん。久保に次はないだろうから、ご両親の映像もつらいもんがある。松井には出て欲しかった・・・。なんか、いよいよらしくなってきた。
  • 昨日の消防の集まりで話がでた、ビデオカメラを見に、K男クンとヒカリ電気?へ行く。ビデオカメラについてはよく知らんが、どうせなら、ハイビジョンで、ということで、ソニーのDCR-HC3を見てみる。確かに小さい。規格自体はハイビジョンのフルスペックではないにしても、このハイビジョンなるものでよくわからんのは従来のDVミニテープ60分に、60分のハイビジョン録画ができるということ。どういうことなのか。DVミニテープは余裕のあるものなのか?まぁ、そういうややこしいことは別にして、とりあえず価格コムで値段はあらかじめ確認しておいた。ヒカリの店頭表示は\153.000。価格コムの最低価格はだいたい\106.000ぐらい。店員さんを呼んでいくらぐらいになると聞くと、\135.000。そこでネットの最低価格は\102.000から\103.000ぐらいなんだけど・・・と、まず弱気のカマ?をかける。ネットと勝負は勘弁してくださいと前置きがあり、それから\125.000になる。団長に連絡を取り、OKを貰い、三脚とカバンのセット、60分テープ6本を付け足す。ついでもうひとつ、話の出ていた、汎用プリンターというか、いわゆるプリンターの複合機を見て、CANONのそれを選択し、よく考えるとその商品にはポイントが\5.000ぐらいあったので、まずこちらから購入し、そのポイントをHC3にまわすという、少々ややこしい購入結果となった(これはK男クンが気がついた、エライ)。しかし、基本的には、価格は別にして、団にハイビジョンモニター?があるわけでもなく、いったい、誰がこのカメラのマニュアル等を読んで撮影するのか、ワシャ、知らん?あと、松下も規格に同意したという、ブルーレイディスク用のビデオカメラがいつ登場するのか、そのへんあたりも知らんケンネ・・・。

5月15日(月)

  • 晴れ時々曇り。寒し。沖縄、梅雨入り。
  • 森川達也、死去の報道。森川達也は永坂多津子さんの出版記念パーティで見た記憶あり。ウソかもしれん。83才。
  • 野暮用ででかけると、葵祭でひどい混雑であった。葵祭の行列を見るのは初めて。しかし、京都祭りは、なんも祭りらしくない。なんせ、あらゆる祭りの総本山であるから、一種、超越的な?祭りである。うーむ。
  • ワールドカップ、代表選手発表。松井が漏れた。久保は腰がダメなんだろう。松井は出て欲しかった・・・。

5月13日(土)

  • 雨。寒い。
  • あまりにも暇で、スターチャンネルで3本も映画を見てしまったが、覚えているのは「素晴らしき日」のミシェル・ファイファーのみ。
  • 新装開店になった「こよし」によってみる。ついつい飲み過ぎてしまう。
  • 沢木の「杯」を読んでいて、あの韓国対イタリア戦を思い出す。沢木によれば、ファンジョンファン?はPKを失敗してから試合中、ずぅっと泣いていたそうである。その態度にトルコ戦での日本代表のクールさ(あるいは自身を振り返ってもそれを見ていた日本人のクールさ)、を対比させている。なるほどねぇ。そろそろ、ドイツ大会。どうなるのか。

5月12日(金)

  • 晴れのち曇り。
  • いよいよグーグルブック検索が日本でも登場するらしい。一方、グーグルデスクトップでもソフトウェアの展開が始まる。対マイクロソフトの戦略が着々ということか。
  • ソニースタイルからインナーイヤーレシーバー『MDR-EX90SL』の購入受付が週明けの5月15日午後13時から始まる通知あり。これはアニキのサイトから知った情報ですぐさまソニースタイルでメール登録しておいた。本日のメールに寄れば「ご登録いただいた『MDR-EX90SL』ですが、お客様より大変ご好評をいただいているため、品切れの状態が続いており、お客様にはご迷惑をおかけしてお ります。申し訳ございません。 このたび若干数ですが『MDR-EX90SL』が入荷いたしましたので、メール登録 を頂いている皆様へご連絡させていただきます。 販売は、2006/5/15(月)13時から下記URLにて開始致します。 数に限りがございますのでお早めにご注文下さい。」ということ。なんでも「お届けは5月下旬を予定しております。」とのこと。しかし、この「若干数」というのと「お早めに」というのと「お届けは5月下旬」というのが、よくわからんところ。
    しかし、それにしてもアニキは何故、発売前にこんなもん手に入れることができたのだろう?まぁ、問題は小生のSHURE E2c とどちらがよい音がするかである。価格的にはソニーの方が高いが、写真で見る限り、質感がジェンジェン、ソニーの方が上には見える。しかし、コードの太さはSHUREのほうが断然太い、と思う。うーむ。
  • 今回の上海でははじめてGRデジタルっていいなぁ、と思った。ところでGRデジタルのファームウェアバージョンアップ(2.02)がリコーのサイトにはあるが、何故か、公開、というか、告知がGRデジタルのブログにない。前回の2.01の時は大々的に告知されたんである。今回この「AF ターゲット移動機能使用時のAF精度を向上」がよくわからんが、よくなっている原因のような気もする。どうしてなんだろう。

5月11日(木)

  • 曇り。心配していた川水もさして増えず。昨日はフェーン現象とかでかなり暑かったが、今日は寒いくらい。
  • たかだか、3日ぐらいで連絡がたまっている。うっとうしい。
  • 帰ってきたら、中城ふみ子歌集(平凡社ライブラリー)、吉本他「還りのことば」(雲母書房)が来ていた。中城ふみ子という歌人についてはまったく知らなかったのだが、道浦母都子の「無援の抒情」なみに読ませる。というか、道浦さんなどの出現も、中城ふみ子があってのちのことなのかもしれん。しかし、壮絶というか、この態度は、久しぶりに考えさせられる。
  • 午後から、上で消防出動。急にこんなに寒くなったら、確かに困りモンだ。

5月10日(水)

  • 雨。午後8時前に帰ってきて、けっこう身体が元気だったので、消防の練習に行く。
  • 上海はなんか、まとまりのないバカでかい町だった。それにしてもとにかく近い。出入国の手間を別にすればどうってことない。しかし、金子光晴の自伝の雰囲気しか知らなかったが、そんなもんは皆無。なんせ、海外というのは基本的には無音?ナンである。これは今回初めて気がついた。言葉がわからないため、どんな音も意味がわからず、つまり無音ナンである。ひとは音も意味として聞くんである。なんか、奇妙な空間の中をさまよっている気がして、どういうことなのか、考えてみると、そういう気がした次第。まぁ、食べることがメインな旅行であり、それはそれで驚きモンであったが、こっちがわかっていたのは魯迅の記念館ぐらいで、魯迅の記念館といっても、いわゆるアパートの一画で、何故かわからんが、撮影禁止、さわるのも禁止。魯迅の評価もたいしたものでないのかもしれん。昔読んだ魯迅の「故郷」の寂しさも、竹内好も武田泰淳も高橋和己もどこにもなぁい。しかし、何故かわからんが、「故郷」の最後の文章、「もともと地上には道はない。人が歩けば道になるのだ」、何故、覚えているのか、さっぱり自身わからなくなった。
  • ところで沢木耕太郎の「杯」を持って行って読んでいたのだが、これは久しぶりに楽しい読み物。
    「杯」はカップと読ませ、副題は「緑の海へ」。これは日韓共同開催のワールドカップ観戦記。たまたま上海の旅というか、飛行機に乗っていたので、この間の沢木の移動のすごさといったら、もう尋常ではない。また韓国というか、共同開催を見る目も粋な感じで、なんかよい読み物ナンである。なかでも鹿島からの移動のタクシー叔父さんの話はもう圧巻である。まぁ、移動時間というか、飛行機の旅にはもってこいであった。
    魯迅記念館のメイン道路からのアプローチ。
    魯迅記念館は右手奥の3つ目くらい。
    魯迅記念館の入り口。
    ちなみに魯迅記念館は魯迅が晩年住んだ家で、魯迅の死んだ時刻、日にちが刻まれた、というか、そのまま止まった?時計があります。
    魯迅の住居は3階建てのアパート。各階2部屋ほどある。
    というか、部屋としては1部屋づつくらい。3階の客室らしき窓から、隠れて撮った外の風景。魯迅の書斎は2階にあって、こんな感じで外を見ていたことになる。つまりなぁんもおもしろくない。
    空港からリニアモーターカーに乗り、バスに乗り換え、上海の中心部へ入るための大きな橋から撮った雰囲気。
    テレビ塔。
    2日目はこのタワーに上がったが、あいにくの雨で上からは何も見えず。
    このテレビ塔側(町の中心部の対岸)の高層マンションが上海の高級住宅?になるらしく、なんでも1億から3億円するらしい。
    骨董品街で見た毛沢東の人形。
    骨董品街のおじさん。
    photo by RICOH GRdigital
    すべてプログラムモード。ホワイトバランスはauto。
    photoshopで解像度変更、web保存以外は何もせず。

5月7日(日)

  • 雨。午後には恐ろしげな雷になる。
  • 昨夜、大垣書店まで行き、中城ふみ子の歌集を探しに行ったが、なかった。結局、bk1、アマゾン頼りになる。ついでに吉本の「老いの越え方」(朝日新聞社)、文春新書「グーグル」が目立っていたので購入。明日からの上海行きに取っておこうと思っていたが、「グーグル」はついつい読んでしまう。「サーチエコノミー」とは、なるほどねぇ。結局「他人と共有したい情報をどう見せるかわからない時にはグーグルベースが最適です。」ということにつきるだろう。とにかく、実際のところ、グーグルはすごいもんね。吉本の方は、これまた、元気そう。
    ところで、上海ということで、準備をしかけたが、気になりだしたのが、電圧。代理店の案内にはその手の情報は記されてはいない。以前、セブ島、フィジーへ行った時には、PC持参で、変圧器等々準備していった。今回はもうそういう新鮮な気持ちもなく、別にweb更新をする気もなく、単にデジカメ、iPod等々の充電はどうすればいいのか、気になっただけだが、ネットで調べると当然のように200ボルトらしい。で、東京のホテルオークラに問い合わせたところ、さすが、東京というか、親切な担当者(男性)のひとで、調べて折り返し連絡するとのこと。すぐさま、連絡があり、明日からの藤谷様ですね、から始まり、当方の部屋等を確認されたらしく、変圧器等、お部屋の方へ用意させておきました、チェックインの際お確かめくださいとのお返事。おまけに最後にはごゆっくりお楽しみくださいとのこと。これには驚きました。すでにこちらが申し述べることはなにひとつなく、なんか、ひたすら恐縮モン。たぶん、声からの印象は小生よりお年を召され、しゃべり方はもうまったくさりげなく、変な丁寧語(いわゆる、ございます、存じます、といった・・)でもなく、といって失礼でなく、充分お客様相手を心得ており、まったく自然な応対。なんといっても、こちらは電圧を確かめただけなのだ。これをさすがと言っていいのか、どうか、そこらあたりはわからんが、新鮮なショックを受ける。オレはこのようにさりげなく〈自然〉に流れるように、相手の問いに望まれている対応ができるだろうか、つまりサービスの行為自体を否定したサービス(いわば不在の言語のコミュニケーション)をできるだろうか。うーん、なんか気分は晴れ晴れになったんである。それにしても何とも形容しがたいショックである・・・。うーむ。しかし、よくよく考えるとバカにされているだけかもしれん?

5月4日(木)

  • 晴れ。今日はさすがにバタバタする。
  • 2日は、兵衛さんの通夜。どうしても出て行かなくてはならなかったので欠席。おまけに深酒となる。3日は受付役。
  • 京都新聞にいつだったか、元マガジンハウスの編集長であった人がでていて、今どんな特集をしたいかと聞かれて、「人は何故書くのか」というのが、タイムリーではないかと答えていた。平塚で恐ろしげな事件が発生していて、なんかおぞましいなぁ、と思っていたら、映像にでてくる犯人と思われる母親は、普通の犯罪者顔?で、よけい訳がわからなくなってくるが、この被害者の娘さんも、「書いている」わけである。まぁ、「書く」ことが「公開」されているわけだ。当方もその仲間であるわけでもある。いわば犯罪(被害・加害を含めて)のカルテを毎日公開しているようなモンである。変な時代である。ミニスカートの裾?を10p上げる写真を載せれば(特集すれば)、明日の電車の風景が楽しみであったというような人が、今さらながら人は何故書くのか、あるいは書く風景、場面に興味を持っていることがおもしろい。〈貨幣〉の通用しない世界というのも、また地獄でもある。あらゆる事件は〈家族〉の変容のバリエーションかもしれん。毎日事件を生きているようなモンである。伝説のマダム、おそめさんは恨みは叶うといっていたらしい。なんもかも、おぞましい。

5月1日(月)

  • 晴れ。おかしなくらい晴れ。
  • 10日に腰痛が出て、原因というか、きっかけは家族とボーリングというか、坊主とサッカーボールを追っかけたところにありそう。あの天才的なボールさばきのオレはどこへ行った?うーむ。
  • その間、「少年A 矯正2500日全記録」「麻原彰晃の誕生」「哲学への寄与註解」「世界共和国へ」等々。まったくおもしろくない。今朝方、戸塚ヨットスクールの戸塚がテレビに出ているのを偶然見る。情緒障害に対し、現実的に効果?があったのは戸塚宏だけであったという論議は何かの論文で読んだことがあるが、それにしても戸塚宏も自身が病気でないのか、という点では内省はない。おもしろくない。
  • 20日に元教育次長、M先生と知人Iさんが訪ねてきた。Iさんとは小学校以来、ほぼ話したことがない。お互い、もう会うことはあるまいと思っていたと思う。I先生の葬儀には出席はしたらしいが、その頃には疎遠になっていたらしい。まったくの悲喜劇である。自身の無縁な世界が突然開かれてくる。麻原彰晃は行きたくもなかった盲学校で生徒会長に2回立候補をし、いずれも落選であったらしい。落選の原因については高山文彦は踏み込んではいない。目の見えない世界の恥ずかしさ?とはどのようなものか・・・。何故か、iPodからPsy・Sの「青空は天気雨」。こいつらは天才だ。