かれは眼をとじて地図にピストルをぶっぱなし
穴のあいた都会の穴の中で暮らす
かれは朝のレストランで自分の食事を忘れ
近くの席の ひとり悲しんでいる女の
口の中へ入れられたビフテキを追跡する
かれは町が半世紀ぶりで洪水になると
水面からやっと顔を突き出している屋根の上の
吠える犬のそのまた尻尾のさきを写す
しかし かれは日頃の動物園で気ばらしができない
檻からは遠い とある倉庫の闇の奥で
剥製の猛獣たちに優しく面会するのだ
だからかれは わざわざ戦争の廃墟の真昼間
その上を飛ぶ生き物のような最新の兵器を仰ぐ
かれは競技場で 黒人ティームが
白人ティームに勝つバスケット・ボールの試合を
またそれを眺める黄色人の観客を感嘆して眺める
そしてかれは 濁った河に浮かんでいる
恋人たちの清らかな抱擁を間近に覗き込む
かれは夕暮の場末で親を探し求める子供が
群衆の中にまぎれこんでしまうのを茫然と見送る
かれにはゆっくりしゃべる閑がない
かれは夜 友人のベッドで眠ってから
寝言でストーリーをつくる
(「愉快なシネカメラ」)
・・・・
幼い子よ
しかし 父は嘆くまい
六歳のおまえの長い一年の前で
五十代の自分のすでに短すぎる一年を。
ただ 父は焦るのだ
一瞬の冴えが 乏しくなった寂しさに。
たぶん おまえにはありあまる
底知れぬ夢 澄みきった目ざめ
そんな束の間が まれになった空しさに。
・・・・
(「幼い夢と」)